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感性を鈍くさせる『勝ち負け』という視点

2019年6月1日

勝ち負け

こんにちは、人生の負け組であるルイス秋村です。
無職だっただけでなく、心の病気に長年悩まされていて、さらに歯の治療で噛み合わせをなくして、他人の自己承認欲求のために利用されて、死んだように生きてきました。

勝ち負けという視点においては僕が特殊なわけではありません。
多くの人が負け組なこの社会で僕は負けた理由を数えて生きてきました。

あのとき、こうだったら……。
これがあーだったら……。
という具合に、不幸が再び発生しないように反省も含めて『どうすべきだったか』と考え続けて生きてきたのです。

その結果、僕は不幸でした。
負けた理由を考えることは、現代風に言えば『生産性がない』からです。

負けない人はいない

どんな人でも負けない人はいません。
勝負する気がなくても、負けは負けです。

過程が大事だと言う人であっても、勝ち負けのどちらが好きかと問われれば『勝ち』だと言うことでしょう。

我々は、どうしてこれほど勝利に価値を感じているのかを考えてみました。
勝てば大きな利益になる、という考え方もできます。
負ければ奪われる側になる、とも考えました。
しかし、最終的に考えたことは少し違います。

僕が思う勝利の価値は、少数派であることが最大の価値だと思い至りました。

社会は少数派に価値を見出している

不思議なもので民主主義、資本主義の世の中では少数派に力があるのです。
数が少ないことをステイタスだと考える場面は、あちこちで見かけられます。

民主主義社会では、どんな少数派の意見でも聞いて検討する性質があります。
そのため、少数派の方が多数派よりも一人あたりの活動効率が良いわけです。

『たくさんいる人たちの一人』よりも『少数精鋭の一人』の方がステイタス的に強く感じてしまうのは言うまでもありません。

お金持ちは貧困層よりも数が少ないです。
芸能人なども、一般人より数が少ないわけです。
つまり、少数派であることが価値なのです。

負けたい人はいない

誰もが他人との勝負に勝ちたいですし、誰もが年収1000万以上稼ぐようになりたいですし、誰でも入りたい大学に入学したいわけです。
そしてやりたい仕事で暮らして、性格と見た目の良い人生のパートナーがほしいわけです。

その全てを手に入れることは非常に難しく、実行できる人は社長や芸能人など、お金や権力がある人のみです。
……いや、そういった人たちでも全てを手に入れることは不可能と言えるかもしれません。

大抵の人が『どうして負けたのか?』と考えてしまいますよね。
理由が全く分からない失敗で負けたのであれば、その思考も生産性があります。
しかし、負けた理由が運だったり、環境的な問題であれば考えるだけ無駄です。

この世界に暮らす人の9割が日々、誰かに負けているからです。

どうやって勝つのか

勝ちたいと思っていても、具体的な勝ち方を考える人は少ないです。
戦う相手は、自分と同じだけ努力する人、自分よりも努力する人、自分よりも努力していない人など、さまざまでしょう。
しかし、どんな相手でも勝利までの道のりを考えつかないまま勝ててしまう状況は限られています。

勝った人に「どうやって勝てたんですか?」と聞ける環境があれば良いのですが、そう都合の良い環境はありません。
ネットで検索すると、成功者のありがたい言葉がたくさん出てきます。
しかし、それでも自分に当てはまるものだとは言えません。

勝つ道筋を自分で考えて実行していくことは、勝利に繋がる唯一の道です。

試行錯誤する日々は負けじゃない

”失敗は成功の母”という言葉があります。
負けた理由を見つけられなくても、勝利への道筋がわからなくても、それらを見つけ出すために試行錯誤して失敗することは負けではありません。
”諦めたらそこで試合終了”という、とあるバスケット部の先生の言葉を借りれば、諦めるまでは試合中なのです。

試合後だと思って負けた理由を考えるよりは、まだ試合中だから色々試してみるという考え方は人を成長させます。

勝ちと負けの2つしか存在しない考え方は、人の思考や感性を鈍くさせます
価値観が勝ちと負けの2つしか存在しなくなるからです。

負けた試合でも意味があったと思って過ごすのと、勝った試合にしか意味がないと思って過ごすのでは幸福度も違います。
どんなに辛くても、まだ試合中だと思って過ごしていきたいですね。

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