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担任がきっかけでいじめられてた僕が行った1つの決断

2019年4月2日

イジメはダメ

コンビニのおにぎり2個でお腹がいっぱいになる、ルイス秋村です。

子供の頃から僕は変わった奴だと言われてきました。
変なことを言う奴、変な奴が僕に貼られたレッテルです。

小学生の僕は、本ばかり読んでいて無類のピラミッド好き
図書室に置いてある考古学にまつわる本は全て読破、愛読書はシャーロックホームズ、と言えば僕が浮いていたことが伝わるでしょうか。

通っていた小学校では、担任の先生とクラスメイトが2年ごとに変わりました。
生徒数も少なく、2つに分けられたクラスにそれほど人は居ません。

いじめに遭っていたのは5年生、6年生の約2年間です。

少食

幼稚園の頃から僕は食事が苦手でした。
給食の時間になると先生たちが悩むほど食べられません。
ご飯が食べきれずに残してしまうのが当たり前で、お弁当業者さんに「ごめんなさい」と伝えるのが日課になっていました。

そんな小食の僕にとって小学校は「給食を残してはいけない」と言う先生が多くて困りました。

1年生、2年生のときに担任だった先生はお昼休みに僕だけ残して食べられるまで一緒に残って付きっ切りで食べるのを待ちました。
休み時間が終わる頃まで待ち、休み時間が終わる頃に給食のおばちゃんに残った給食を受け渡すのが日課でした。
僕が1食で食べる量よりも、給食の量が圧倒的に多かったのです。

この時は、それほど大きな問題だと思っていませんでした。

ただ食べる量が少ないだけでしたし、勉強は100点を取ることが普通でした。
授業態度も悪くなく、いたって真面目です。
学校は学ぶ場所なので、給食が食べられないことを責められるとは思ってもみませんでした。

この当時の経験を現在も引きずっていて、食事による喜びよりも苦痛の方が大きいです。
外食することに苦痛を感じる症状を会食恐怖症といいます。
僕は会食恐怖症を抱えたまま大人になりました。

読売新聞の医療・健康・介護サイトYomiDr/「会食恐怖症」人前での食事に極度の不安、過度の完食指導原因で発症多く

食事を残しても良い担任

3年生、4年生のときは給食を残しても良いという先生が担任になりました。
別の学校から赴任してきた先生で、教育方針が独特だったのです。

授業中によく話が脱線するユーモラスな授業は、僕にとって楽しい時間でした。
僕自身も冗談を言うようになり、面白キャラとしてクラスでも一目置かれた存在になります。

一番衝撃だったことは、給食が食べられないなら残しても良いという学校で唯一の先生だったのです。
この先生のおかげで完食には至りませんが、少しずつ給食が食べられるようになっていきました。

同級生からも「あのときの君は面白くて好きだった」と言われるほど、楽しい小学生を体験できました。

孤独な日々との闘い

状況が一変したのが5年生になったときです。
新しい女性の担任は「絶対に給食を残してはいけない」という教育理念(?)を持った先生でした。

給食を食べられないというのは、生徒のわがままによるものだと考えていたのでしょう。
食べられない生徒は授業が始まっても、机に給食が置かれたまま一日過ごします。
給食センターのおばちゃんが食器を回収に来るまで睨まれ、怒鳴られ、食べるのを監視されました。

食べられない日が続いたことで先生は僕に狙いをつけて「食べろ!」というプレッシャーをかけ続けます。
女性の先生は母親にでもなったかのようにキツく言うので、なおさら厳しく感じるのです。

精神的に追い詰められた結果、たった一口が食べられず、先生はビンタをして僕の口に無理矢理押し込みます。
大人が怖くて仕方なくなりました。
毎日泣きながら給食センターのおばちゃんに、殆ど食べられなかった給食を抱えて「ごめんなさい」と謝ります。
おばちゃんは「泣かなくてもいいんだよ」と言いながら残飯と食器を回収してくれました。

そんな日々が続いたことで、給食の時間になると吐き気がするようになります。

いじめの始まり

先生による給食指導のおかげで僕はクラスメイトからいじめられるようになりました。
多くの生徒が僕を避けるようになり、バイ菌扱いするようになったのです。

「同じ上着を連日着ている」「給食の時間になると過呼吸みたいな発作を起こして水飲み場でうずくまっている」「口に食事を押し込んだときに唾液が飛んだ」など、たくさんの陰口が僕にぶつけられました。
僕が給食を食べられないことで、クラスのみんなの休み時間がなくなってしまうので怒るのも分かりますが、それにしては陰湿でした。

いじめが顕著になったのは家庭訪問の後です。
自宅では、お昼に食べられなかった分の食事を補うように食べました。
まともな食事は夜ご飯だけでした。

それを担任が知り、クラスメイトの居る教室で僕に説教をしたことでいじめが始まります。
「お前、家ではご飯2杯もおかわりしてるんだってな!」
給食を食べられないのは僕のわがままだと誰もが思ったのです。

ここまで読んで、ご飯が食べられないことを甘えだと思う人がいたら、精神的に追い詰められたときを想像してください。
恋人に振られたとき、離婚したとき、誰かと死に別れたとき、辛いことがあったとき、またはゲテモノ料理を食べろと言われたとき、拳銃を向けられているときなどです。

虫を調理したものでも平気で、自分の愛する人が亡くなったとき、命に危険があるときでも、がっつりと好きなものが食べられる人はまれでしょう。

人の食欲は精神面と密接に関係しています。

反撃するという決断

給食は絶対に食べられるだけの一口ずつよそってもらって、牛乳を別の子に渡し、ほぼ食べないことで解決させました。

僕がいじめられる少し前は、一人の女の子がいじめのターゲットでした。
バイ菌扱いされ、孤立していたのを助けたのは担任の先生だったのです。

自分も助けてもらえると考えていたのですが、先生は見て見ぬ振りでした。
今思えば、最初は自業自得だと思っていたのかもしれません。

たった10歳だった僕は決断しました。
バイ菌扱いされるのなら敢えてくっつきにいったり、触ってやることで反撃できるのではないか、と思ったのです。

実際、僕が触ることで泣き出す生徒もいました。
それについて担任が口を出すことはありません。
自分で解決しなくてはならないと、このときの僕は考えるようになりました。

嫌がらせとしての効果があったことで反撃活動に力が入ります。
休み時間はいじめっ子たちを追いかけ回しました。
追いかけて触ってを繰り返したのです。

嫌がる彼らの席にわざと座り、所持品に触り、ランドセルや、大事なものを触ります。
僕が行うのは触ったり、抱きつくことだけです。
(抱きつきは、主犯格の男子生徒にしか行いません)

ランドセルを触っただけで、大泣きするいじめっ子の女子もいました。
しかし、彼女は先生に助けを求められません。
説明ができないからです。
泣きながらティッシュで僕が触ったところを拭いて自宅に帰っていきました。

僕の前にいじめられていた女子のときは、担任が率先して解決に努めてクラス全員が怒鳴られました。
2度目であれば、もっとキツく叱られるのは明白です。
彼らにも悪いことをしているという自覚はあったのでしょう。

僕はそうして反抗活動を行いつつ、担任に放置されて2年を過ごしました。

反撃をして変わったこと

実は、いじめっ子を追いかけた日々では、何の変化も得られませんでした。
いじめは確実に進み、給食は毎日ご飯一口、おかず一口。

先生は事あるごとに僕を叱りました。
歪んだ愛情表現だった可能性もありますが、気に掛けられているのか、いじめられているのかの区別がまったく付きませんでした。

同じクラスには友達のような存在は居ませんし、追いかけ回すことをしない時間は読書をして過ごしました。

僕と話をする子は同じクラスにいません
しかし、通学のとき限定で話をしてくれる子もいました。
次のターゲットは自分だと誰もが思っていたので状況は改善しません。
それでも自分なりに暮らしやすい生活を工夫して小学校卒業まで耐えました。
大人になってから僕が一人遊びで時間を潰せるのも、この頃に培われたスキルです。

後から知ることですが、先生も僕がいじめられているのを知っていました。
詳しい心境を聞くことは出来ませんでしたが、気に掛けていたので口うるさく言っていたようです。
きっかけが自分だったという罪悪感から、僕自身で解決することを願っていたのかもしれません。

中学に進学した後、母親が妹たちの用事で学校に出向いたときに先生と話をして、話題に出るのは決まって僕のことだったと母親から聞きました。
先生には罪の意識があったのだと思います。

まとめ

始まりは担任の先生でした。
毎日給食を食べ切らないという些細なことでキツくあたり、僕を雑に扱っても良いんだと他の生徒たちに示したのです。
僕が変わった子供だったため反撃に転じましたが、反撃してやろうと考える子は少ないと思います。

僕のいじめが卒業するまで終わらなかったように、大人がいじめに関わる場合には、できることが少ないです。

いじめを受けたと言っても先生は認めませんし、他の生徒たちも子供ですから、なかったことにするのは簡単です。
もし、現在いじめの被害を受けている人がいたら、転校したり、フリースクールに通ったりという選択を取ってください。
反撃した結果、もっと酷い目に遭う場合だって考えられるからです。

子供たちの安全を守るのは大人の役目だと僕は考えています。
自分の子供たちだけでなく、自分の視界に入る子供たち全てを守るのが大人の責任です。
いじめを無くすことは難しいですが、できる限り辛い思いをする子供たちを減らせたら、と思います。

いじめに遭っている子に遭遇したら人々がどのような反応をするのか、というドッキリを海外の番組が行いました。
僕は、これを見てとても考えさせられたのでシェアしておきます。
みなさんは、どう思うでしょうか?

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