スポンサーリンク

病気や恐怖症を作らない考え方

2019年5月27日

会食恐怖症について

今日は、最近よく話題にあがる『会食恐怖症』についてです。
これは完食指導と呼ばれる学校教育によって植えつけられる病気だそうです。

日本の教師たちは、どうして「ご飯が食べられない国の子だっているんだ!」という滅茶苦茶な論理展開で食事をさせようと考えるのでしょうか。

人間は食べられないままだと死にますが、食べ過ぎても死にます。
つまり、他人が無理矢理にも食べることを拒む子供に食事を食べさせるということは、極論とは思いますが殺人と同じくらい罪深いことだと思いますがいかがでしょうか。

こんにちは、会食恐怖症を抱えて外食がほとんどできないルイス秋村です。

僕は自宅で一人の時でも食事に難があります。
食べていると苦しくなって食べられなくなってしまうのです。
これは肉体的な問題ではなく、精神的な問題です。

どの程度の食事量かを分かりやすくいうと、成人男性の半分ほどを一食分としています。
アラフォーな僕にとって食事の問題は、未だに克服できない大きな問題です。

小学生のとき、冒頭で書いたような理由で当時の担任に給食を強要されました。
食べられないときは、口に無理矢理押し込まれ、生徒たちには冷たくされ、謝らねばなりませんでした。
そして、そこから僕へのイジメが始まります。

原因となった担任の教師は見て見ぬ振りをし、毎日給食を完食させようと執拗に『給食攻め』が行われました。
給食のせいで学校に通うことが苦痛でなりませんでした。
給食の時間が近づいてくると具合が悪くなり、吐き気を催して洗面所でうずくまる日々です。

この恐怖は、体験したことがない人には伝わらないことでしょう。
大人であっても、会食恐怖症になる可能性があります。

学年集会などで怒鳴る先生

学年集会というものが現代でも一般的に存在しているのかはわかりませんが、昔は学年全員が一箇所に集まる集会がありました。
すべての担任と学年主任、そしてその他関係のある先生たち全員が集まって集団行事のお知らせをしたのです。

時には素行の悪い生徒を見せしめに叱る場面もありました。
そして全校集会などでは、乱れた服装を叱りつける先生もいました。

学校に一人は必ずヤクザみたいな怖い先生がいたものです。
どうして怖い先生がいるのか、どうして怒鳴りつけるのか。
それは恐怖によって大人にとって都合の悪いことを修正する目的で行われていました。

禁煙外来と同じシステム

チャンピックスという禁煙外来で使う薬をご存知でしょうか?
簡単に説明しますと、『ニコチンを摂取すると気分が悪くなる薬』です。
タバコの煙で具合が悪くなる、という癖をつけることでタバコを辞められる薬です。

会食恐怖症を作り出すことが可能であることは、このチャンピックスが証明しています。
誰でも特定の行動を行うときに強いストレスを感じることで恐怖症になり、”病気にしてしまうことが可能”なのです。

例えば、カレーの日に必ず厳しく叱られてしまえば、カレーが嫌いになるはずです。
もっと酷いストレスをかければ、カレーの匂いを嗅ぐだけで体調が悪くなるほど嫌いになります。
人間の体というのは『嫌だと思うこと』を回避して、自分を守れるように作られているので、その防衛機能を使ったのがチャンピックスです。

電気刺激で同性愛の治療を行った

海外でのお話ですが、快楽中枢に電気信号を送って同性愛を”治す”治療がありました。
男性であれば、女性の写真などを見せたときに刺激を送って女性を好きだと錯覚させる治療です。

また、別の治療法ではチャンピックスのように同性を嫌悪するように刺激を与える場合もありました。
特定の行動に恐怖心や苦手意識を芽生えさせるには、特定の行動に強烈な嫌悪感を覚えさせるか、特定の行動をするたびにストレスを与えれば良い。
という根性論なのか、トラウマなのかよくわからない治療法です。

これは一定の効果があったようです。
本能的な部分を錯覚とトラウマで制御するには、相当なストレスをかけなければならないため、危険を伴う治療法でも有名です。

我々も注意したい『他人のこと』

小学生の僕は、比較的賢い方だったと自分でも思います。
給食が嫌で学校を休むようになり、勉強に追いつけなくなるまでは授業で習ったことをしっかり学習していました。
成績も良い方で、塾に通う子たちと同じくらいの成績を常にキープしていたのです。

僕が学習することを嫌いになった理由に、家庭の事情が考えられます。
しかし、給食や学校での環境が悪かったことも理由に入ります。
自分から見た世界は、”自分に害をなす大人や子供に満ちあふれていた”のです。

僕は、自分を守るために学習を辞めました。
面接だけで受かる『不良が集まる高校に入った』のも、害のある人たちへの反抗意識からでした。

当てつけがましく自分が選んだ人生で失敗したな、と思うのは大人になってからです。
もっと『他人のこと』に構わず、自分の好きなことを行い続ければ良かったと今では後悔しています。

他人の行動や決定を尊重する

さて、現代になって、やっと会食恐怖症に悩む人が自分たちのことを話せるようになったのではないかと思います。
今までは学校の先生たちは『栄養のために』という無茶な大義名分を振りかざして“暴力”を振るってきました。
当時の子供たちが大人になって会食恐怖症という病気を抱えるようになり、少しずつ認知され始めているように思います。

ついつい余計なお世話をしてしまいがちですが、他人と自分は同じ家庭で暮らしているわけではありません。
例え同じ家庭で暮らすようになった夫婦であってもプライベートは必要です。

食事の量や遊びに出かける頻度など、『他人のこと』を制限するとなると自分にも強い制限が与えられるものです。
それらの制限を受けるのは嫌だけど他人を思い通りにしたいのであれば、お給料を出すしかありません。

良かれと思ってやっていることが、他人のトラウマになってしまうこともあります。
必要以上な”教育”や”指導”は、病気を生み出すきっかけになるのです。
僕が当時の先生に思ったように、恨みを抱えて大人になる場合だってあり得ます。

他人が出来ないことを無理にさせようとするのではなく、意思や思想を尊重していく環境を作れるように努力していきたいと僕は思います。

そして、それらの選択は結果的に身体的な病気や精神的な恐怖症を予防してくれるのではないかと考えます。

スポンサーリンク